野球ボールの行末

先日、練習中に近隣に住む方が来てボールを一つ貸してくれと言われたので貸した。
私は深く考えずに、何に使うかも聞かずにボールを一つ貸した。

その方はボールを犬の遊び道具として使った…
当然、ボールは犬の唾でベタベタ…

心から悔いた。
まさか、そんな風に貸したボールを使うとは…想像もつかなかった…

 

先生は以前このように価値について御言葉をくださったことがあった。

物も人間もみんなそれなりの価値がある。
しかしどれだけその価値を持って使うかによって、相手になるものもその価値が左右される。

(自分がどれだけ価値を分かって使うかによって相手の価値も左右される。)
自分自身を価値ある使い方をする人だけが、他の人のこともそのように価値ある使い方をする。
(豚に野球のボールを与えたら、噛みちぎって食べた。)
2013年2月4日主の御言葉より

先生はボールが命だとおっしゃった。
私はその瞬間、ボールが命だということを忘れてしまった。
結局、価値を分からない人に貸してどうなったか?
非常に残念な結果になって帰ってきた…
いや、帰ってきたのではなく、喪失したのだった…

 

聖書にもこのようにある。

聖なるものを犬にやるな。
また真珠を豚に投げてやるな。
恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。
マタイによる福音書7章6節より

貴重なモノ、価値あるモノを絶対に手放さないように今後これらの御言葉を戒めたい。

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