野球選手がこれだけは絶対に心得たい聖書の言葉

今日は野球選手がこれだけは絶対に心得たい聖書の言葉を紹介しようと思う。

聖書のことや神様のことを知らない野球選手たちにも、必ず知ってほしい一節!

 

テモテへの第二の手紙2章5節
また、競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ、栄冠は得られない。

 

なんだ、当たり前のことじゃないかと思える選手は素晴らしい人格の持ち主だ!

規定、すなわちルールに従って競技をすることは、実は、当たり前のことではないのが現状…

また、競技の規定は守れるのに、世のルールを守れない選手がいることも事実…

 

野球界で世を騒がせるニュースが出続ける現状に胸が痛む…

先日も某高校の監督が暴力を毎日のように振るい、選手は学校を辞めたい、自殺するかもしれないと言うまでの事態が起こったというニュースを目にした…

競技で培った「規定を守る」という人格を私生活においても発揮すればどれほど良いだろうか…

 

「規定に従って競技をしなければ、栄冠は得られない」

野球のみならず私生活もそうだと戒めたい…

運動会で総合優勝!

先日、運動会に高校ぶりに参加した。
ソフトボーール大会に続き、十数年ぶりだった。

運動会の各種目がある中、私は大縄跳びの縄回し役を任された。
中学の時に命懸けで練習したことを思い出した。
縄の回し方は身体が覚えていた。
しかし、体力は不十分だった…
5分間の競技時間の中、ラスト1分のコールがかかった時にはもう全てを使い果たしていた…
その時、切実に神様を呼び求めた。
絶対に最後までやり遂げるんだという強い気持ちで、ちぎれそうな肩と腕を回した。
最後の最後に30回跳ぶことに成功!
6チームの中で30回を超えたのは自チームだけであった!

『神様が共にしてくださることがシルシだ』

そして、自チームは総合優勝を果たした。
「優勝は神様がくださるプレゼントだ」ということを証したい。
もし大繩で30回跳べていなかったならば…
もちろん努力の結晶体であるが、頂点に立つための要素は天の力が無ければ不可能だと思う。
様々な競技やスポーツを見てもそう思う。

ソフトボール大会に出場して得た教訓

先日、ソフトボール大会に出場した。
自身がプレイヤーとして大会に出場するのは約10年ぶりのことだった。
スケジュールの関係で、1日3試合を消化することになった。
トリプルヘッダーのフル出場は初めて経験だった。
試合結果は2勝1敗。
チームへの貢献度は70点(自己評価)。
最後の試合はサヨナラ負けだったが、悔いは全く残らなかった。
さて、今大会を通じて、私は深い教訓を得た。
それは「自分の実力以上のモノは出ない」ということだ。
当たり前のことだと思われるかもしれない。
しかし、人は試合で頑張ろうとする。
自分の力以上の働きをしようとする。
自分の実力以上に上手くやろうとする。
ゆえに、緊張するのだ、と分かった。
自分の実力を発揮することで勝負に挑む。
この姿勢が変な気負いをしない秘訣だろう。
練習によって実力を蓄えること。
それが上に行く唯一無二の道。
勝負の世界は実力対実力の世界。
まずは実力、そして天の運だろう。
天の運にばかりしがみつくのはどうかと思う。
自分ができる限りのことをして臨むとき、これ以上出来ないほどに責任を果たすとき、その時に初めて天の運が加われば、頂上にいけるということだと私は思っている。
「天に栄光、地に平和」
今回の大会は本当に平和がなされたと感じた。
プレーの一つひとつが神様に向かうモノになったとき、咎めあうこともなければ、争いが起きることもない。
運動芸術も神様が人間にくださったプレゼントだとチョンミョンソク牧師は教えてくださったが、そのプレゼントという表現にふさわしく、こんなにも楽しく没頭できるモノは他にないと思う。
しかし、その没頭が時に互いが分かれ争う原因となることがある。
天に栄光を帰すことを忘れる時、地が平和とはかけ離れた世界になっていく。
今大会を通じてメンバー皆が天に栄光を帰すことで実現した平和な大会。
今後も「天に栄光、地に平和」の主人公になれるよう励んでいきたい。