日記
習慣付いたものが、まるで生まれ持ったものであるかのように錯覚している

習慣付いたものが、まるで生まれ持ったものであるかのように錯覚している

先生の著書『自分を作りなさい』を読み進めている最中、“習慣”に関する衝撃的な内容を目にした。

習慣という日常での生活スタイルを、あたかも持って生まれたものであるかのように考えてしまうことがある、ということだ。

“習慣”は作られたもの、作ったものだ。
持って生まれたものでは決してない。
自分次第で良くも悪くも作ることができるものが習慣だ。

習慣付いたその行動を指して、生まれ持ったものだと捉えてしまっている人が少なくない。
毎日素振りを300回欠かさずしている選手がいるとしよう。
その選手を見て、努力のたまものを授かったなどと言う人がいる。
しかし、その選手は毎日素振りをする習慣を自分が作ったのだ。
毎日することは決して易しいことではないが、努力して“習慣”という傑作を作り上げたのだ!

バッティングフォームもそうだ。
生まれ持ってきれいなスイングをしている人はいない。
様々な運動の過程の中で習慣付いた結果体がきれいなスイングなのだ!

良くも悪くも「人は作り方次第」だ。
自分は持って生まれたものがないと嘆く必要は全くない。
良い習慣を作れば良いのだ!
そうすれば周りの人から「あの人は持って生まれた才能がある。」と言われるようになるだろう!

今の自分自身を見て嘆く必要は決してない。
今日から、今この瞬間から習慣作りに励めば良いのだ!
特に、「人は考えで生きていく」と先生はおっしゃったが、良い考えをする習慣をつけなければならない。
良い考え、肯定的な考えを意識的にしていくと、良い考えをする習慣がつく。

良い考えとは何か、神様の御言葉が最高に良い考えだ!
毎日毎日御言葉を聞いていけば、考えを良い考えに転換していくことができる。

“習慣”に関する認識を正し、良い習慣を作っていくことを願う。

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