スポーツ・野球における勝利と楽しさとの狭間に立つ

最近、野球をしながら多くの葛藤と戦っている。
特に、タイトルにもある通り、勝利と楽しさという2つの狭間に立ちながら、一体自分は何を求め、何を成そうとしているのか?と自問自答を繰り返している。

あるオリンピック選手がこのようなコメントを取材の中で出していた。
「(スポーツは)本来は楽しいもの。でも勝つためには楽しめない。」
この複雑な心情に非常に共感できる。

スポーツには勝ち負けが伴う。
勝ち負けにこだわるからこそ、最高のパフォーマンスが生まれる。
勝か負けるかの一本勝負の場面においては、人智を完全に超えた世界で繰り広げられるパフォーマンスを目の当たりにする。

時に、スポーツにおいて勝ち負けにこだわるあまり、苦痛が伴う場合がある。
苦しみ悶えながら苦境を乗り越えて勝つ場合もあれば負ける場合もある。
楽しさとはかけ離れたスポーツの一面に直面することになるわけだ。

 

ここで、楽しいという普段何気なく使っている単語を深堀してみることにする。
「楽しい」とは手を伸ばして喜び舞うことから「手伸舞(たのしまう)」や「手伸し(たのし)」が語源とされているらしい。(参照:語源由来辞典
?!
スポーツで勝利したときに手を伸ばして喜び舞うのではないだろうか?!

正直、過程の中では手を伸ばして喜び舞うことはできないだろう…
しかし、勝ち負けにこだわること、勝利を目指してスポーツをすることが、本当の意味での「楽しさ」の追求なのではないだろうか?

選手たちには至極の楽しさを味わってほしいと思う。
これまで様々な勝ち・負けを繰り返してきたが、頂点に立った時の「楽しさ」は頂点に立った者しか味わうことができない。

まだまだ指導者として成長過程にある私が今のところ辿り着いた答えを共有したく綴った。

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