昨日と今日、同じ場所に桜を見に行った。
樹齢数百年の桜の木が満開の姿に神様の創造の美しさと神秘さと雄大さを感じて感激・感嘆した。
上の写真は3月31日に撮影したもの。
文章と写真ではその美しさ、神秘さ、雄大さを表現することは不可能だが、参考までに。
そして下の写真が4月1日に撮影したもの。
1日にしてここまで様変わりしたことに驚いた。
万事時があるとは聖書にも書かれているが、この桜を見ながら「時」について深く悟った。
もう2,3日もすれば殆んど散ってしまうだろう…
人もこのようにこうだろう…
ペテロの第一の手紙1章24
「人はみな草のごとく、/その栄華はみな草の花に似ている。草は枯れ、/花は散る。
虚しく、寂しいと思わずにはいられない…
ペテロの第一の手紙1章25節
しかし、主の言葉は、とこしえに残る」。これが、あなたがたに宣べ伝えられた御言葉である。
この時、霊感が来た。
花は“肉”のようだ。
散ることなく、永遠に存在する“霊”のために生きる人生、花のように美しく神秘的で雄大だ。
野球をする日々の中で、不図人生について立ち止まって考える時間を持った。
信仰を持ち、永遠なモノに重きを置いて生きることが本当に幸せだと告白する。