雪が舞う中での練習(パート2)

2日連続で練習中に雪が降った…
日中の最高気温は氷点下2℃だった…

ある選手が練習の合間にこんな言葉をかけてきた。
「コーチ、こんなに寒い中でどうやってノックを打てるんですか?僕は足が凍り付いたようで全然動きません…」と。
私は少し考えて「やればいいんだよ」と返した。

練習の初めは寒すぎて、さすがに「今日は野球をやる日ではない」と思った。
練習へ向かおうと車に乗り込もうとしたら、ドアが凍り付いて開かないほどだった…
しかし、始動がかかってからは不思議と寒さを感じることがなかった。
まるで車のエンジンをかけて少し経てば暖房が効いてくるように…

韓国のことわざに「初めは半分」ということわざがある。
何事も始動することが難しい。
しかし、初めを上手くできればその勢いと流れで最後まで物事を進めることができる。

どうやって始動をかけさせるのか、これは指導者の腕の見せ所。
モチベーションマネージメントという概念が四半世紀前ほどから出てきたと思うが、動機付けさえ上手くできれば選手は自ら動き出すようになる。
冬は身体も動きにくく、試合もないため動機付けが難しい。
しかし、指導者から熱を上げ、積極果敢に動けば、選手もついてくる。

「やればいいんだよ」と選手に返事をしたが、人はできないことに対する言い訳を探すのが得意…
だから「やればいい」のだ。
あれこれ考えずにやればできるのだ。
手がかじかみ、足先の感覚はなかった。
でもノックを打つうちに温まってきて、上着を一枚脱ぎたくなるくらいになった。

 

松の木が寒さで死ぬような極寒の中で先生は祈りを捧げられたことを頭に思い描いてみる。
食べられず、着られずで、雪の中でも薄着だった先生はどれほど熱心に祈られたのだろうか、と…

 

年末、12月31日、2020年最後の日まで練習は続く。
最後の最後に一番の冷え込みを迎えるそうだ…
終わり良ければ総て良し!
寒さに打ち勝って2020年を締めくくりたい。

雪が舞う中での練習

昨日、練習の途中で雪が降り始めた。
視界は若干遮られるがボールはしっかり見えていた。

雪は止む気配がない
練習も中断する気配はない
淡々とノック

雨風吹雪だったとしても、どんな状況・環境だったとしても決して歩みを止めないこと。
ちょっと雨が降ったら止め、ちょっと風が吹いたら止め、ちょっと雪がちらついたら止め…
そのようにしていたらまともに練習ができないだろう…

結局、練習が終わるまで雪は止まなかったが、練習はいつもと変わらず定時まで、最後までやった。
選手も監督コーチも最後まで歩み止めなかった。

環境を超越して行なう精神が自分の限界を突き破っていく。
成功しようと思ったら「それくらいのこと、何でもない」と吹き飛ばしてしまう気概がないといけないと思う。

先生が月明洞を開発された時の映像、雪の中で岩を積むその姿が思い浮かんだ。

「雨風吹雪、患難も時には来るが、スリルがあり、大胆で勇敢だった」

このように歌いながら。困難なことをスリルと思い、大胆で果敢に生きるその生き様を見習い、実践していきたいものだ。

誕生を祝う日に考えたこと

今日はクリスマス、イエスキリストの誕生を祝う日。
韓国においてクリスマスは祝日。
我がチームの練習も休みだった。
日本にいるメンバーがクリスマスに行なわれる生誕礼拝に参加できず、仕事をしているという話を聞いて、悲しい思いになった。

仕事、仕事、仕事…
仕事をしないと生きてはいけないが、大切なモノを失って仕事をするならば本末転倒なのではないか…
使われる身の上、状況上、本当に致し方がなく仕事をするしかないこともあるだろう…
(私自身、一番大切な’その日’に仕事が入り、断ることが出来ず、涙した経験がある…)
しかし、大切なモノを失ってまで本当にその仕事をしなければならないのか?という考えは持っていなければならないと思う…

人々が知らずに生きていることがとても多いが、全能なる神様が送ったメシヤ(キリスト)を知らないで生きている人が本当に多い。
(2020年12月24日主の御言葉)

自分の人生、何に重きを置くかは人それぞれだが、大切なモノが何かを考える暇もなく、日々時間に追われ、仕事に追われる現代社会を考えながらますます悲しい思いが膨らんだ…

喜びの日、待っていたその方がこられた日を感謝で過ごしていたが、就寝前のヒトトキにこんなことを考えた…

いつの間にか歳月は過ぎ、2020年も残り僅かとなった。
自分の人生にとって大切なモノが何かを深く考え、その大切なモノを中心に置く人生へと転換したいものだ!