スポーツの世界で垣間見えた問題の発端

日韓関係の悪化に伴い、様々なスポーツ文化交流のキャンセルが相次いでいる。

そんなニュースを見聞きしながら非常に胸が痛む今日この頃。

それでも伝統ある国際大会は開催されているので少しほっとしている。

 

さて、先日行われた日韓の野球の試合の中でこんなことがあった。

試合開始早々、打者が打席に入るとキャッチャーに対して握手をしようと手を出した。
キャッチャーも快く手を出して握手をして試合がスタートした。

スポーツ文化は国・民族の垣根を越えて調和を成させる美しい営みだ~

そんな感慨の中、試合はスピーディーに進み、終盤に差し掛かった。
勝敗を競うのがスポーツであるがゆえに当然のことではあるが、選手たちは目の前のプレーに必死だった。

4回、代打が送られた。
代打で打席に入った選手は、試合開始早々に他の選手が行ったように、キャッチャーに対して握手をしようと手を出した。

しかし、キャッチャーは手を差し伸べなかった…

打者は若干の戸惑い(?)の後に握手することなく手を引っ込め、構えに入った。

この時の打者の感情はどうだっただろうか…
正直、良い感情は持っていなかっただろう…

実はこの時、キャッチャーは決して無視をしたわけではない。
監督からの指示を受けるのに必死でずっとベンチを見ていたのだ…
当然、打者が差し伸べた手に気付くことはできなかった…

あ~このようにして“誤解”が生じるのだなぁ~

私個人的にはかなりの衝撃を受けた。

結局、誤解によって悪感情が発生すると、人は感情で動いてしまうことが多々あるので、良い方向を向けるはずがないのだ…

事の発端は、大抵の場合、本当に小さな“誤解”であることが多いのではないかと思う。

主にも、自分にも、どんな人にもつまづくな。

誤解するようなことであってもこの御言葉の通りにつまづかないこと。
失望するなということだ。

 

今の日本と韓国の間もしかり。

事の発端が些細な誤解であるならば、早く両国の悪感情が解かれることを願う。

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