「甲子園」という名前の由来と“酉年”の意味

高校球児たちの夢…

それは他でもない、甲子園!

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「甲子園」という夢を目指してわき目も振らずに日々白球を全力で追いかける高校球児の姿を見ながら、
自分たちもこのように人生を生きなければならないという強烈なメッセージが受け取られる。

さて、
今日は、タイトルの通り、甲子園の名前の由来を紹介したいと思う。

甲子園の由来・語源
「甲子園」という名前の由来は、甲子園球場が完成した年と関係がある。
甲子園球場が完成したのは大正13(1924)年8月1日。この年は十干(じっかん、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の順列で、暦の表示などに用いられる)と十二支のそれぞれ最初にあたる「甲(きのえ)」と「子(ね)」が60年ぶりに重なる「甲子(きのえね)」となっていた。これが縁起の良いことだとしてその周辺の地域の名称を「甲子園」、球場名を甲子園球場(当初は甲子園大運動場)と命名した。
引用:http://moto-neta.com/place/koshien/

十干 ・ 十二支が由来だとは考えにも及ばず、
思わず「へぇ~」という唸り声が出た…

 

さてさて、
今年2017年は十干 ・ 十二支でいうと「丁酉(ひのと・とり)」です。

もし仮に今年どこかで野球場が誕生するのならば
「丁酉園」なる命名がされるのでしょうかね?笑

冗談はさておき、
鄭明析牧師は今年がどんな年なのか、
このように話してくださいました。

(重要)

今年は「酉年(とりどし)」です。
<鶏の象徴>は「時」、「時間」です。
だから今年は光のようにさっそく実践することで「時間」を生かさなければなりません。

<時間の戦い>であり、<時間の勝利>です。
オリンピックの競技の時も「秒」を争って競技をします。
サッカー、バスケットボール、卓球、フェンシング、水泳、陸上、すべて「秒」を計りながらやります。
1秒遅くゴールが入って、無効になって、負け、1秒あるいは0.1秒遅れて金メダルを逃すようになります。

また、何かの機会が来た時「それをする時間」があります。
その時間はそれほど長くありません。

それぞれの仕事、その仕事と共に過ぎて行くその時間が「しばし」です。
その短い時間に速く考え、計算し、確認し、判断して、速く実践しなければなりません。

引用:摂理のポータルサイト・マンデー「鄭明析牧師による主日の御言葉」より

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甲子園の名前の由来と共に、
今年がどんな年なのか覚えて、
鄭明析牧師の中にもあるように、
1秒あるいは0.1秒遅れて金メダルを逃して悔しい思いをすることがないように、
「時・時間」に対する感覚を研ぎ澄ませていきたいと思います!

 

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「勝利した」ときの喜び

日々<勝利>という目的ただ一つだけを考えて、

来る日も来る日も汗を流して労苦してきた。

その労苦が<勝利>という形で報われたときには、

<勝利>の過程で味わったすべての痛み苦しみが吹き飛び、

最高の喜びが沸き上がった。

 

人は目的を持って生きる生き物だ。
そして、人はその目的に向かって多かれ少なかれ努力して生きるわけであるが、
その目的を達成できたときの、すなわち「勝利した」ときの喜びはひときわであり、
その喜びのために日々努力するといっても過言ではない。

また、その目的にかけた時間と努力の度合に比例して「勝利した」ときの喜びは万倍・億倍になるがゆえに、
その目的に向かって投資に投資を重ねるわけである。

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スポーツはこの「勝利した」ときの喜びを極度に感じることができるものだと思う。
だからどんなに苦しい練習にも耐えに耐えて自分自身を練達していると思う。

 

さて…

 

人生における<勝利>とは何であろうか?

自分は一体80年という人生の中で何を成し遂げたら「勝利した」と言えるだろうか?

何を成し遂げたならば「勝利した」ときの喜びを得ることができるだろうか?

 

 

この問いの答えを見つけ、その答えの通りに生きることができるならば、
それは「勝利した」ときの喜びが連続して溢れる生だと言えるであろう。

 

 

マタイによる福音書7章7節
求めよ、そうすれば、与えられるであろう。
捜せ、そうすれば、見いだすであろう。
門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。

 

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