2018年を振り返って

2018年はどのような年だっただろうか?

 

私にとっては
様々な希望が成された年だった。

 

今年を過ぎると海外で生活を始めて3年経過することになる。

言葉・文化の違いと格闘しながら、
野球チームのコーチとして、チームを優勝に導くことができたことが今年一番大きなことだった。

【もがきは傑作品を作る】と先生は教えてくださったのだが、
まさにその言葉の通りに、もがいてもがいた結果・結実を見ることができた年だと言える。

 

今この時代は衣食住に困ることのない時代だが、
何かある目的・希望を成そうとするためには多くの困苦を経験する。

労を厭わない人だけが掴むことのできるのが希望だと思う。

実際、優勝という希望を掴むまでには本当に多くの困苦を経験した。

 

サッカー場にネットを立てて野球の練習に励む日々。
人は環境によって左右されがちだが、その環境を克服してみせた。

大会に出ていくならば片道2時間の移動が常。
日程上、連戦を強いられ、コンディションを整えるのが難しい状況の中でも己の力を最大限発揮してみせた。

 

周囲ではこんな声もあった。
「よくもこんな環境で野球をやらせるものだ。」

自分としても、教え方に関してやチームの運営に関してなど、様々に思うこともあった。

でも自分の位置を決して離れなかったし、チームの勝利に向かう思いは決してぶれなかった。

【目的は目的だ】

方法論の違いはあっても
結局はチームの勝利という目的が自分を引っ張ってくれた。

 

何よりも選手たちの頑張りが本当に大きかった。

先生のコーチの通り【人は作り方次第】と言い聞かせ、
選手を熱心に教えた日々を思い出すと目頭が熱くなるしかない。

よくついて来てくれた選手たちに感謝の思いを伝えたい。

 

「運が良かった」と言う人たちもいるだろう。
「偶然の中の偶然」という言葉も聞こえてくる。

でも、誰が何と言おうと希望がなされた今年は
自分の人生にとって本当に尊い経緯となって永遠まで残るだろう。

 

これからはもっと挑戦、もっと高みを目指したいと思う。

来年はどんな年になるだろうか…
期待、期待。

プロ野球選手という夢を追う少年たちへ~遅くなる前に…老いる前に…~

昨日、少年たちを前に
先生が教えてくださった御言葉をもとにして
激励のメッセージを伝えるようになった。

みんな、夢があるだろう?
プロ野球選手になりたいと思って練習している人も多いと思う。

例えば、僕が今から心を決めてプロ野球選手になりたいと思って命を懸けて練習するとしよう。
なれると思う?
もうすでに遅いよな。
遅くなる前に、老いる前に、心を決めてやればできるけれども、時が過ぎ、歳を取ってからではできないよ。

今、この時に心を決めて、遅くなる前に努力をすることだ。
今やるのかやらないのかによって将来の運命が左右されるぞ。

指導者の立場として、人生の先輩として、伝えられることは
「遅くなる前に行ないなさい」ということ。

“後の祭り”という言葉があるが、
時が過ぎてからどれだけあがこうが何にもならない。

 

しかし、後のことを考えて動くことのできる人はそう多くはないのが現実。
“先見の明”を兼ね備えた人は本当に知恵のある人だと思う。

 

後のことを考えてみると
「今現在」が遅くなる前に、老いる前に行動すべき時だ!!

20代であろうと、30代であろうと、
40代であろうと、50代であろうと、
自分はもう手遅れだと思わずに、
もっと遅くなる前に、もっと老いる前に最善を尽くすこと。

 

毎日老いていく。
老いる前に行ないなさい。

勤勉に行ないなさい。
そうすれば遅れる前に行なうようになる。

「野球ができることに感謝すること」以前に「自分の命があることに感謝すること」

衝撃的なニュースが飛び込んで来た…

 

「野球部員が練習試合中に投球が頭に当たり死亡」

 

 

・・・

 

 

スポーツをしていたら様々な事故が発生するけれども、
特に命を落としてしまう事故ことほどに胸が詰まることはない…

 

 

「野球ができることに感謝すること」以前に
「自分の命があることに感謝すること」

 

あるプロ野球選手の話ではあるが、
高校の時のマネージャーが癌で亡くなったときのことを忘れないように
そのマネージャーが好きだった「文字」をグランドに指で描いて毎日プレーしているという。

自分が野球ができていることは当たり前のことではないのだと。

 

 

先生は過ぎし日に神様がしてくださったことを忘れずに感謝しなさいとおっしゃったけれども、
一番感謝すべきことは、他でもない、「自分の命を守ってくださったこと」だと思う。

ちょっと間違っていたら自分も命を落としていたかもしれなかった…

そんな瞬間が多々あったと思う。

その瞬間瞬間、神様が命を守ってくださったから
今の自分の命があるということを僕は心から認める。

 

この命を持って野球指導者として何を残していくことができるのか、
この今の自分の大きな課題に全力で取り組んでいきたい。