コロナ下において3か月ぶりの野球の大会を終えて

先日、約3か月ぶりに大会が開催された。

いつ大会が開催されるか分からない、練習だけを続ける毎日に正直心が折れそうだった。
待ちに待った大会の会場に行く道中のバスの中で文章を綴ったものを紹介する。

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出発して3時間30分が経過した。
久しぶりに大会に参加する。
あと30分ほどで会場に到着する。
3か月前の大会では惜しくも4強入りを逃したことが思い出される。
コロナ下で試合に向けての十分な準備ができたわけではないが、最善は尽くしてきた。
どんな状況下だとしても「心と思いと命を尽くす」ということを先生は教えてくださった。
その精神でここまでやってきたことに自負心を持って、自信を持って戦いたいと思う。

大人数を乗せたバスが上り坂を移動する際にはギアを下げてゆっくりと上っていく。
これと同じく、難しい試合展開においては一つ一つゆっくりと試合展開に合わせて動かないといけない。
決して慌てず、浮き足だつようなことはせず、一つ一つゆっくりと。
これが今日のポイントになりそうだという霊感を受けた。
さあ、試合前の祈りに入ろう。

2021/09/11/14時51分

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久しぶりの試合は2-1で勝利することができた。
まさに、試合前に霊感を受けた通り、一つ一つ慌てずプレーすることが非常に重要な試合展開だった。
我がチームも、相手チームも塁死が目立った。
ライナーで帰塁できず…無理して次の塁を狙ってアウト…
浮足立ったプレーによって互いにチャンスを潰してしまい、流れが行ったり来たりした。
決定的なシーンは無かったが、投手陣がよく踏ん張った結果が勝利につながった。
アウトを一つひとつ積み重ねた結果だったと回想する。

今大会は残念ながら三回戦で敗退した。
負けた試合は1イニングにミスが3つ続き、5失点した結果、1-5だった。
一つ一つ慌てずプレーすることの重要性に改めて気づかされた。

我が摂理の野球部員には甲子園に名を連ねる強豪校でプレーしていた選手が多く存在する。
先日のオンラインの集まりの中で「凡事徹底」という共通項が話題に上がった。
強いチームは何か特別なことをしているわけではない。
当たり前と思われることをしっかりと徹底的にこなしている。
これが実は非常に難しいことだ。
対象が小学生となると尚更だ。

コロナ下で練習を思う存分にできない状況が続く。
そんな限られた環境下で特に「凡事徹底」することを大切にしながら取り組んでいきたいと思う。

次の大会まで残り3週間…

野球を通して学んだことを語る会

先日、野球が大好きな摂理の野球部のメンバーたちがオンラインで集結し、野球を通して学んだことについて熱く語り合った。

  • 個性・一芸を磨くことでレギュラーの座を掴んだ経験を通して、社会の中でも何か個性を磨くことで通用するということを学んだ。
  • 自分の気持ちに向かい合ってポジティブに考えるように努力するようになった。
  • ひとつ一つのプレーの前に、どういうことが起こりそうか予測し準備するよう教えてもらい、何事も前もって備えるようになった。
  • 野球を辞めようと思った時、仲間が声をかけてくれたことによって続けることができた。仲間の大切さ、そして続けることの大切さを学んだ。
  • 「迷ったら前に出ろ」という言葉が今の自分の人生の決断においても生きている。
  • 当たり前のことを当たり前にする、基本を徹底することが大切だと学んだ。
  • 誰かの支えがあるからこそ野球がやれるということを知るようになってから、当然と思う心から感謝する心に変わった。
  • 継続する力が野球を通して養われた。

それぞれが語ってくれたことを箇条書きにしてみた。
野球というスポーツを通して多くのことを学ぶことができると改めて確信する時間になった。

野球というスポーツに対するイメージは人それぞれだが、野球をした経験がなく、今日のニュースを見聞きしている人たちにとっては良くないイメージなのかもしれない。
暴力、賭博、飲酒運転などなど、野球に携わっている人たちがそのような行為をしてしまうがゆえに、野球というスポーツ自体のイメージが悪くなるしかない状況だ…

野球の良さを発信することも野球をやっている人たちの使命であり、野球そのものの価値を作りあげていくことも野球をやっている人たちの使命だと思う。

今回の語り合いはとても良い時間だった。
摂理の野球部は野球の良さを伝え、野球の価値を高めることに今後も挑戦していきたい。

終戦から数えで77年…戦争のない中で生きられるということ

人は日常の中で意識せずに(意識をすることができずに)生きていることがある。

戦争のない中で生きている私は戦争のない中で生きているということを日常の中で意識することがほとんどない。

今日は意識して本当に感謝して呼吸をしたいと思う。

 

私は争いが本当に嫌いだ。

人が憎み合い、殺し合う中では到底生きることができないと思う。

どうやって戦争の中を生き抜くことができたのだろうか…

 

平和という単語にはものすごく深い意味が含まれていることに気づいた。

戦争のない中で生きられるということがすなわち平和…

 

平和を自分の力で手に入れようとしても難しい。

平和を作り出すものは神の子と呼ばれるだろうと書かれている聖書の言葉(*1)を思い出す…

 

チョンミョンソク牧師がベトナム戦争に行かれ、敵を決して殺さず、捕虜として捉え、愛で戦争を平和につくりかえようと走られたことを思い出さずにはいられない。

一体どのようにして戦渦の中で愛という言葉が出てくるだろうか…

 

自分が戦争に行くと想像してみた。

生きて帰る自信が全くない…

どうやって銃弾が飛び交う中で生きて帰って来れるだろうか…

 

戦争のない中で生きられるということに感謝・感激。

今後も未来永遠までこの地球上で残忍な戦争が起こらないことを切に祈る。

 

(*1)マタイによる福音書5章9節 : 平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう。