どのようにするかによって良し悪しが左右される

プロ野球を見てみると、
このオフシーズンに暖かい地域に行ってキャンプをしています。

ニュース記事を見てみると、
ある選手は調整がうまくいっている。という話であったり、
ある選手は機密に調整を進めている。という話であったり、
試合が行われている時期よりも騒がしいくらいです。

このオフシーズンをどのように乗り越えるかによって、
今年一年のパフォーマンスが大きく変わってきます。

だからこそタイトルの御言葉を心に留めておくことが大切です。

 

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苦しくつらい時に助けてくれた恩義

どんなに華やかに活躍している人だとしても、
土に埋もれて芽が出なかった時期があったはずです。

「下積み時代」とでもいえるでしょうかね。

 

そんな時期に自分のことを分かってくれ助けてくれる人は
残念なことに、ほとんど存在しません…

(人々はたいてい富・名誉を得て後、認め、群がるようになるものです…)

 

人が苦しい時、手を差し伸べてあげ、
人が辛い時、共に戦ってあげる。

そんな人間でありたいと真に思います。

 

自分が苦しい時、手を差し伸べてくれ、
自分が辛い時、共に戦ってくれる。

そんな人たちの恩を一生忘れない人間でありたいと真に思います。

 

~~

 

なぜこのようなことを書くようになったかと言いますと、
今までの自分を振り返ってみて、
何も名のない自分を信じてくれ自分を使ってくれたこと、
反対に、何も名のないチームで犠牲になって献身したことが
脳裏に浮かんできたからです。

 

自分が苦しい時、手を差し伸べてくれ、
自分が辛い時、共に戦ってくれたこと、

人が苦しい時、手を差し伸べてあげ、
人が辛い時、共に戦ってあげたこと、

恩義を忘れることなく、
(その恩義に報いようと負担になることもなく
その恩義に報いてもらおうとも求めることなく)
これからもよりよい相互存在の形を作っていきたいと思います。

<互いに解いてあげ、管理だ>

箱根駅伝とニューイヤー駅伝での出来事から

新年が始まってもうひと月が終わろうとしていますが、
みなさんはいかがお過ごしでしょうかね?

新年に「今年は〇〇するぞー!」と決意したことを
今もなお継続させられていますかね?

 

さて、
年始に行なわれた箱根駅伝とニューイヤー駅伝を通して
私はとてつもなく大きな感動も受けたし、考えがものすごく深くなりました…

 

<箱根駅伝>
ある選手がスタート直後に転倒するアクシデントが発生しました。
転倒によって足を負傷してしまったのですが、
引きずりながらもなんとか“タスキ”を繋いでいました…

 

私も駅伝大会には何度か出場経験があるのですが、
仲間が“タスキ”を運んで持って来て受け取る瞬間は何とも言葉では表現できないものがあります。
みなで練習を重ねてきたことも思い浮かびました。

転倒しても、なにがあったとしても
その“タスキ”を繋ごうとする精神は、
その“タスキ”を持つ者にしか語ることはできないでしょう。

自分の歩みがただ自分ひとりで終わるのではなく、
歴史の“タスキ”を受け取って歩んでいるとするならば、
どんな思いになるでしょうか?
どんな精神で歩むでしょうか?


(歴史のバトン)

 

<ニューイヤー駅伝>
アンカー対決となりました。
アンカー2人が並び、ゴールが見えるところまで競り合っていましたが、
最後の最後にスパートをかけて優勝したチームは3連覇の偉業を達成したのでした。

最後に“タスキ”を受け取った人・アンカーの役割は本当に大きいです。

途中まで1位だったとしても、アンカーで抜かされたら優勝できませんし、
途中まで下位だったとしても、アンカーで抜かせば優勝することができます。

何事も最後の締めくくりが本当に重要になります。
だから、最後にはものすごいプレッシャー・重圧がかかります。

最後の最後にスパートをかけて勝利をもぎ取った方には
心からの拍手を送りたいです。

もし自分が大きな歴史を背負うアンカーだったとしたらどうでしょうか?
とてつもなく大きなプレッシャー・重圧の中で勝利をもぎ取ることができるでしょうか?

 

2019年、私は何かを残したいと思っています。

 

岩に足跡を残すくらいのことをしないといけないのではないのか?

 

先生がおっしゃってくださった一言なのですが、
千年たっても変わらない岩は歴史として残るでしょう…
そんな岩に足跡を、すなわち自分の歩みを残すことをしてみなさい!ということです!

 

この言葉を少しでも実現させる1年にしたいなぁと改めて決意した1月下旬。