【スポーツ選手必見】逆境の日には考えよ~コロナの時期にやるべきこと~

コロナによってスポーツの各分野においても様々に影響が出ている今日、
スポーツ選手は各自の限られた環境の中で練習に励んでいることと思う。

「運動は感覚だ」と先生はおっしゃったけれども、本当にその通りで、
持続的に運動しなければ感覚は鈍ってしまう。
さらには運動しない期間が長くなれば長くなるほどに
本来の運動パフォーマンスを取り戻すために時間が必要になってしまう。

血眼になって毎日練習を重ねてきた選手・チームにとっては非常に辛い時期であるが、
聖書にも「逆境の日には考えよ(伝道の書7章14節)」とある通りに、
様々に考えなければならないことがあるはず。

団体競技は皆が揃って練習するのが困難な状況にあるため、
チームワークの維持・向上に苦戦することは避けられないが、
このような機会だからこそ自分自身の個人技に一層磨きをかけることに時間を割くことができるだろう。

先生もおっしゃったように「自分を作る機会」として捉えれば、
個人の力をつけること、レベルアップすることに精を出せるし、
自分には何が足りないのか十二分に考え、分析し、直し、新たな段階へと至ることができるだろう。

先見の明というが、
何事も先を見通して今という時間を過ごすことができる人が成功を掴み取る。

「前もって行ないなさい」
これも先生が教えてくださった大きな知恵だが、
これから起こることに対して前もって備え、行なうことができるならば、
100m走をスタートした時点でゴールの目前にいる選手と同じだろう。

 

いつ試合・大会が解禁されるか分からないけれども、“いつか”はある。
その“いつか”に向けて、今、自分自身を作っておけば、
“いつか”が、いつの間にかやって来た時に慌てふためくことはない。

私自身も、その“いつか”に備えて今やれることに最善を尽くしている。

先生は今日の御言葉で「研究し努力して易しくやろう」とおっしゃった。

個々のレベルアップをしようという言葉がどこかピンとこない…
この言葉を先生の言葉を借りて解釈すれば、
今までできていたことを今までよりも易しくやろう!ということだろう。

全力で140kmのストレートを投げていたとするならば、
研究して努力することで、もっと易しく140kmを投げれるようにする。
そうなればレベルアップしたということだろう。

先生がしてくださったコーチ通りに、
ぜひともコロナの機会に自分自身を作り上げ、
研究して努力して、レベルアップして、
一層輝かしい成績を残すみなさんになることをお祈りします。

スポーツで神様に栄光を帰すという前提はいつもどこでも忘れないように。

捨てることのできないアンダーシャツ

野球を始めてからどれくらいの歳月が流れただろうか?と不図思い、
数えてみると…

なんと…

22年もの歳月が流れていた!

人生の3分の2を野球と共に過ごしていると思うと、
物凄い長い歳月だなーと自分自身の人生に感嘆する思いが沸き上がってきた。

何か一つのことを長い間続けることは易しいことではない。

途中で挫折する多くの人たちをわき目にしながらも、
どんなことがあっても最後までその道を行く人が勝利し、その道を制していくであろう。

多く人たちが野球で職を手にすることを夢見ているが、
実際に最後までその志を持ち続けて成功を手にした人はごく僅か…

私がそのうちの一人になることができたのは、
まさに最後までその道を諦めることなく歩んで来たからだと思う。
(もちろん、神様を信じて勤しんで信仰生活を送ったからだ!ということは言うまでもないが…)

さて、今日のタイトル「捨てることのできないアンダーシャツ」、
私にはどうしても捨てられないアンダーシャツがある。

ただもったいないからという理由ではない。

そのアンダーシャツの中に「たくさんの思い出」が詰まっているからだ。

高校の時から今まで使っているそのアンダーシャツは、
正直臭いも良くなく、早く捨てろ!と言いたくなるアンダーシャツ。

しかし、そのアンダーシャツを手に取る度に、今でも昨日のことのように高校の時の記憶がよみがえるから捨てられずにいる。

寝ても覚めても野球、
炎天下の中で毎日何百球も投げたことは少なからずとも今の自分の基礎となっている。

その捨てられないアンダーシャツは左肩の部分が大きく破れてしまっている…
バッティングマシンのローラーが私の左肩をかすめたからだ…

あの時、どのようにして瞬間回避できたのか、記憶にないが、
もし避けなかったならば、今、自分の左腕は無かったのかもしれない…
(守ってくださった神様に心から感謝…)

 

そんな過去も含め、様々な思い出が詰まっているアンダーシャツと、
ついに、今日この記事を境にお別れしようと決断した。

 

過去どれだけ素敵に生きたとしても、
今、現在自分がどのように生きているのかが重要ではないだろうか。

もちろん、素敵な過去は後代にまで語り継がれ誉め称えられるが、
今、自分がどうあるのかがもっと重要だと思う。

先生はコーチしてくださった。

「古いものを葬りなさい。
そうしてこそ新たなモノを得る。」と。

過去より素敵に現在•未来を生きることを決意し、
アンダーシャツも捨て、文章として記録にも残す。

摂理に出会ってからの7年・・・

今日は私にとって特別な日です。

ちょうど7年前のこの日(12月9日)、
私は初めて摂理の礼拝に参加しました。

その日の御言葉はどんな御言葉だったかなぁと振り返ってみたのですが、
“私”という人間の価値を完全に回復させてくださった御言葉でした。

その御言葉は「同じ万物も人も、使う人の方法、それひとつによって運命が決まってしまう。」でした。

「同じ一本の松の木」も、使う人の考えと思考によって、使う人の方法通りに使われます。
もしこの松の木がきこりにかかれば、「薪」として使われます。
もしこの松の木が先生のような盆栽の専門家にかかれば、根こそぎ掘っていって尊く手入れをしてあげるので、死ぬときまで「作品」として使われます。

自分はどんな姿なのか、自分自身を見直しなさい。
自分を見て無条件、「大したものではない。」と言うな。

あなたたち自身の人生も、尊いのに正しく見ることができずにいる。
今日の御言葉を聞いて見直しなさい。

巨木の人生を切るな。
石、木など、様々な万物も人も、ただ私御子の計画通りに使うように、私に委ね、私の方法通りにしよう。
万物の価値も人の価値も、あなたたちは知らない。
それに対する鑑定はただ命の救い主である私御子がする。

 

私が最高に気分を害する時があります。
それは、自分のことを価値なく思われていたり使われていると感じたりする時です。

そんな“私”が“私”を見る時に「取るに足りない人、捨てるしかない・使い道のない人だ」と思ってしまっていたので非常事態でした。

今のままでは絶対にいけない、変わりたい、新しい世界がないものか?と切なる思いで生活をしていましたが、
実際にどうしていいのか、何をしたらいいのか全く分からずにさまよっていました。

アモス書8章11~12節
主なる神は言われる、「見よ、わたしがききんをこの国に送る日が来る、それはパンのききんではない、水にかわくのでもない、主の言葉を聞くことのききんである。
彼らは海から海へさまよい歩き、主の言葉を求めて、こなたかなたへはせまわる、しかしこれを得ないであろう。

そんな中、御言葉に出会い、摂理に出会い、最初に受け取ったメッセージがこの御言葉でした!

(その当時の私の状況は『はじめに』をご参考ください)

私の人生を価値あるように考え、尊く使っていけるように神様が導いてくださったのです!!

この日から毎日御言葉を聞きながら7年という長い歳月が経ちました。

7年間を回想してみると…日をまたぐ研究生活、国際交流、留学、海外就職、結婚、単身赴任…etc
本当に様々なことがありました…

そしてこの7年の間に、私の人生の中でも特にショッキングなことが2つも起こりました。

(今回赤裸々に書こうと思うのですが、この文章の目的は、私の人生をみなさんに分かってほしいということではなく、摂理で信仰生活を送りながら、どんな人生の問題にぶち当たったとしても、祈るといつも神様が助けて導いてくださったということ、先生が御言葉で答えをくださって根本的な解決ができるように導いてくだったということを証することです。ご理解いただき読んでいただけたら幸いです。)

 

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一つは父親がガンを患ったことです。
脇や首に違和感を感じて病院に行ったところ、リンパ節のガンだと診断を受けたそうです。

父親は私に心配をかけまいと詳しい状況は知らせてくれませんでしたが、
母親が私と2人きりになったタイミングでお父さんがガンだと教えてくれました。

その時、私は母親に神様を信じていることを告白し、
お父さんを必ず治してくれるから一緒にお祈りしようと言って、
お父さんが治るように神様にお祈りを捧げました。

また、先生にも父親のためにお祈りしていただきたいと依頼をしました。

 

結果…

 

治療はうまくいって、無事に完治しました!

治ってすぐに父親とボーリング・卓球をしたのですが、
健康な身体に戻って元気にスポーツをしている父親の姿を見て、神様に心から感謝しました!
ハレルヤ!!

使徒行伝16章31節
ふたりが言った、「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」。

 

 

~~

もう一つは妹が事故で亡くなったことです。

亡くなったという知らせを聞いて、私は病院に直行しました。
信じられませんでした。

幅4,5メートルくらいの比較的浅めの川に車ごと落ちてしまったと…
事故の正確な原因は今も分かっていません…

妹の体にはキズ一つ付いていませんでした。
神様が最大限助けようとしてくださったんじゃないかと思うのですが…

人間の責任分担を果たせなければ事故は起こりえるので、
もしかしたら本人に何かあったのかもしれません…

 

家族のために切実に祈ってこれなかった自分を責めました。
とにかく何が何でも妹の霊の救いだけは、と思い、祈りました。
(教会のみなさんも心を込めて祈ってくださいました…感謝します…)

 

両親にも妹のために祈ろうと勧めましたが、
両親は気が気じゃなく、(当然そうですよね…)
聞いてくれませんでした…

それどころか父親は声を張り上げ「結局信じても何にも助けてくれないじゃないか!」と捨て台詞を言ったので、
私の口からはもうそれ以上なにも言えなくなりました…
(両親はある宗教の信者でした…)

両親は本当に辛い思いをしたと思います…

 

その後、歳月が過ぎ、私は結婚の祝福を受けました!
さらには、娘も授かるようになりました!!

娘には神様が名前をつけてくださいとお祈りをして、来た感動の通りに名前を付けました。
(もちろん奥さんとも相談をしました。)

母親からラインが来ました。
「名前、考えてつけてくれたんだね、ありがとう」と。

娘の名前の漢字一字が妹と同じだったため、
母親は気遣ってくれたことに感謝するラインを送って来たのでした。
(私は正直のことろそこまで考えていませんでした)

命の祝福をしてくだり、両親の空いた穴を埋めてくださる神様の愛だと確信します!!

 

この記事を書きながら、ヨブ記に登場する中心人物・ヨブの生が思い出されました。

義人(神様を信じ愛する人)だとしても困難・患難に会う。
しかし、困難・患難の中でも変わらず神様を信じて愛するならば、
神様は困難・患難の後にこれまで以上の祝福を注いでくださる。

まさにヨブのような歴史が私にも起こったのだと思っています。

もちろん過去のキズは残ります。
でもそのキズを、完全に、十二分に、祝福で覆ってくださる神様であるということを私は確信します!!

 

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様々なことがあった7年間でしたが、
どんな人生の問題にぶち当たったとしても、
祈るといつも神様が助けて導いてくださったし、
御言葉で答えをくださって根本的な解決ができるように導いてくださいました!

過去の歴史を見たとき、人間自らはいつも根本的な答えを見つけられず、根本的な疑問を解くことができなかった。
ただメシヤが来たとき根本的な答えを見つけ、疑問全体が解けた。

人々はそれなりに答えを探し回るけれども、メシヤに会うまではみんな疑問に閉じ込められている。

私は摂理に来てから一度も問題に閉じ込められた状態で生活したことはありません!

もちろん様々な問題にぶつかりはしました。
進路の問題、家族の問題、結婚の問題などなど…

しかし、その都度、先生は御言葉で答えをくださいました!
また、祈ることで神様が様々に働きかけて下さり解決できるように導いてくださいました!!

これからの人生もそうであると私は信じます。

 

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摂理で生きるこれからの人生、本当に楽しみです。

7年間の総決算として書かせていただきました。

最後まで読んでくださって本当にありがとうございます。