辛く苦しくても「一度しかない」と思って・・・

オリンピック競技を観ながら、
アスリートたちが大観衆の中で自分の持てる力を発揮できていることに驚きを隠せません。

プレッシャーに押しつぶされそうになるだろうし、
食事が喉を通らないほどの極限状況と言ってもいいのではないかと思います。

それを乗り越える精神力は
それまでの練習・努力の賜物と言えますね!

 

さて、オリンピックという機会は4年に一度。
競技寿命が短かったり、競争が激しかったりすると、
もし出場することができたならば一生に一度しかない機会となります。

そうだとするならば、
どんな状況だとしても、「一生に一度の機会だ!」と歯を食いしばってやれるのではないかと考えます。
(もちろん、文章で表現するほどに簡単なことではありませんが…)

 

「一度しかない」と考えることによって
物事を突き進めていく力を得ることができることは、
アスリートのみならず、誰であっても活用することができます。

 

もし、本当に一度しかないならば、
今のその仕事、そのように行なうでしょうか?

 

もし、本当に一度しかないならば、
今のこの時間、そのように過ごすでしょうか?

 

もし、本当に一度しかないならば、
目の前にいるその相手にそのように接するでしょうか?

 

もし、本当に一度しかないならば、
(いや、一度しかない!)
この人生、このままでいいでしょうか?

 

先生は「時間を貴重に思って惜しんで使いなさい」とよくコーチをしてくださいます。
時間を貴重に考えるとは、具体的には、このように「一度しかない」と考えてみることが一つの方法としてあると思います。

みなさん、「一度しかない」と本当に思って、自分自身を省みてみてはいかがでしょうか?

(固く考えることなく、良い意味での緊張感を持ってください^^)

 

アスリートの姿をうらやましく思うだけではなく、
人生のアスリートとなることをお祈りします。

平昌オリンピックで日本人初の金メダル~男子フィギュアスケート羽生結弦選手の成功の裏~

ついに平昌オリンピックで
日本人初の金メダリストが誕生しました!

羽生結弦選手(フィギュアスケート男子)です!

ショートプログラムでは111.68点、
フリープログラムでは206.17点の
合計317.85得点で金メダルを獲得しました!!

 

今回金メダルを獲得した羽生選手ですが、
実は大会前に怪我によって2カ月間ほどのブランクがありました…

ブランク明けの試合がオリンピックだったわけですが、
そのブランクをむしろプラスに変えてしまったわけです!!

何をしたかというと、
怪我で氷上に立てないその時間に
ジャンプのイメージトレーニングを徹底的にしたそうです。

考えるとおりに生きるのではなく、
<考え>をよく作って、
よいように生きなければならない。

先生がコーチしてくださった言葉ですが、
スポーツの分野に限らずすべてのことにおいて心に留めておくべき金言です!

色々と試行錯誤をする人は多いと思いますが、
自分の考えをよく作ることに力を入れる人はどれくらいいるでしょうか?

羽生選手もまずはイメージトレーニングという手法を用いて
考えをよく作ったわけです。
そうしてその考え通りにあとは身体が行えばいい。

どれだけ身体を鍛えたとしても、
その身体を動かす司令塔、車で言うエンジンのような考えの性能が良くなかったらなにもならない、ということです。

羽生結弦選手、金メダル、本当におめでとうございます!
今後のご活躍を応援しております!!

オリンピック選手たちが背負うモノ~国の代表~

なかなか忙しい日々。
高校・大学時代を彷彿させる野球漬けの日々。
でも、確かに高校・大学時代と違うことは、プロだということ。
選手たちの選手生命が自分の手にかかっている、それ相応の責任がある。
だから自分がプレーすることよりも3倍はもっと神経を使う。

 

さて、平昌オリンピックが開幕して、各競技がヒートアップしてきている。
そんな最中、オリンピックに出場する選手たちが背負うモノについて考えてみた。

オリンピックに出場する選手たちは国の代表。
国の代表ということが一体どれほどのことなのか…

僕は国の代表として競技に参加したことはないが、
今、異国の地で野球のコーチ生活をしながら国の代表という重みを感じている。

なぜならば、
自分がどうするかによって、日本人のイメージが決まってしまいかねないからだ。

自分ひとりを通して「日本人は・・・」という観念を人々が持つようになることもあり得るのだ。

高校・大学時代にはよく教育された。
自分ひとりの行ないによって、「あの高校の野球部は・・・」「あの大学の野球部は・・・」から発展して、
「あの高校は・・・」「あの大学は・・・」と良くも悪くも人々の認識を作り出してしまう。
自分ひとりの行ないによって…

 

オリンピック選手たちは本当に大きなモノを背負ってプレーしていると思う。
国の代表という、その重圧は言葉では言い表せないだろう。
でも、だからこそ自分の力以上のモノを発揮できると思う。
使命の力とでも言えるだろうか…

 

みなさんは自分の使命について考えたことがあるだろうか?
自分は何のために生まれて来たのか?
せっかくの人生、何を残すことができるのだろうか?

先生は残るものがあってこそ希望があると教育してくださった。
自分の趣味生活に自分の人生一生を捧げて終わって良いのか?
今のままでいいのか?

オリンピックの選手たちのプレーする姿を通して、
自分を奮い立たせる機会に。

あなたの背負うものは国の代表よりももっと大きなモノかもしれない。